♯009 ビターチョコは恋の味

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え?どうしたらそんなに女性にモテるのかだって?

そんなの気にした事もないな~…

だって僕はいつも自然体でいるだけだからね!

ん?だったらそのチョコレートの山は何だって?

これは彼女たちから貰ったものなんだけどね…あれ?君は持っていないようだね?そうだ!良かったら幾らか手伝ってくれないかな?ちょうど困ってた所なんだよ。こんなに沢山食べ切れないからね!毎年の事なんだけど、今年は君がいてくれてホント助かったよ~はははっ!

バキッ!ゴキッ!ドカッ!ゴンッ!………

こんな事を言う奴はとりあえずブン殴っておきましょう!しかし、こんな事を言ってみたいのもまた事実!

今年もいよいよ近づいてきました!そうです!バレンタインデーです!年に一度、女性が男性に愛を込めてチョコレートを贈る特別な日…チョコレートのように甘くてちょっぴりほろ苦い…うっとりするほどロマンチックでスイートで…ホ~ント素敵な日♪

きっとこの日は恋人たちが愛を確かめ合っている事でしょうね~!

一方モテない男性諸君にしてみればまさに試練の日!数日前から起こりえない夢を見ては当日「あっ…やっぱり起こらないんだ…」と現実の厳しさを再確認して枕を濡らす。男はこうして強くなる!なんて自分に言い聞かせてもやっぱり両肩に伸し掛かってくるやるせなさ。胸が張り裂けそうなくらい苦しくて悲しくて…貰ったチョコレートは母親からだけだなんてちょっと酷すぎるぜ我が青春!

いっそバレンタインデーなんてこの世から無くなれば良いのに!

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3世紀ローマ帝国、キリスト教がまだ国教ではなく新興宗教だった時代…

時の皇帝クラウディウス2世は、兵士たちに妻子がいると戦場での士気に影響が出るとの理由から、兵士たちの結婚を禁止したと言われています。されど若い男女がいれば恋に落ちるのも自然な事で、ナニするのも時間の問題です。兵士たちはこっそり結婚するわけですが、それを執り行ったのがキリスト教の聖職者である「ヴァレンタイン」でした。

しかし、それらの行為が皇帝の知る所となり彼は投獄されてしまいました。それでも彼の説く愛に共感した者達は、獄中の彼に花束などを届け続けたそうです。彼自身も恋に落ちた看守の娘へ「あなたのヴァレンタインより…」という別れの手紙を贈ったと言われています。そして処刑の日である2月14日を迎えたのでした。

やがて時は流れ5世紀、すでにキリスト教が国教となった後、かつて戦争より愛を説いた聖職者ヴァレンタインの行為を賛美する声は多く、時のローマ教皇ゲラシウス1世はヴァレンタインを聖人の列に加えます。そして、殉教者たる彼の名に因んで2月14日を永遠の愛の日「バレンタインデー」としたのでした…

…と言うのが、バレンタインデーのルーツとなる一般的説なわけですが…

実は「ヴァレンタイン」と名乗る聖職者は複数人いて、どのヴァレンタインにまつわる伝承なのか?複数のヴァレンタインによる複合的伝承なのか?そもそもこのヴァレンタインは実在するのか?という議論まで飛び出すほど、あまり実像は掴めていないようです。

だとすると、「ヴァレンタインの物語」は一体何なのでしょう?

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ローマには、もともと2月15日に「ルペルカリア」という豊穣祭がありました。それには若い男女が結ばれるという慣わしがあったとか…?

2月14日はローマ神話における結婚の女神ユノの祝日でもありました。

その日、娘達は自分の名前の書いた札が入った壷を用意します。そして翌日、男達は壷から札を一枚選びます。そこでパートナーとなった男女は共にルペルカリアを祝うわけですが、それは若い男女にとって貴重な出会いの場となるのでした。やがて二人は新しい恋を育み、そして愛を育み、そして命を育んでいくわけなのです。

他にも、生贄とされた動物の皮で鞭を作って半裸姿の男がそれを持って村中を走りまわる、という儀式もありました。それは、その鞭に打たれた娘は子宝に恵まれる、という願いを込めた儀式なのです。

豊穣や繁殖を祈願したこの祭りは、ローマの若者にとって非常に人気のあるものでした。それはきっと自由で真っ直ぐな愛情表現であり、活力旺盛で生命力に富んだ祭りだった事でしょう!

しかし、当時のキリスト教会からすれば、その自由な愛情表現はややハレンチと映ったのかも知れません!ましてや、キリスト教が国教となったからにはいつまでも異教の神を祭るわけにはいきません!かと言って、ルペルカリアを禁止して民衆が暴動を起こせば、たまったものではありません!

ルペルカリアの趣旨を残したまま、祭りを「キリスト教色」に塗り替える必要があったわけですが、そこで適当だったのが「ヴァレンタインの物語」だったのです。

ヴァレンタインは守護聖人となり、2月14日は「自由な愛の日」から「厳粛な愛の日」に変わる事となりました。壷の中の札を引いても聖人の名が書いてあったら男達はさぞやるせなかった事でしょう。

要するに、ヴァレンタインが兵士の結婚をこっそり執り行った事も…看守の娘と恋に落ちた事も…もっと言えば、ローマ皇帝が兵士の結婚を禁止した事も…ヴァレンタインの存在自体も…

全ては、当時のキリスト教会によるリフォーメーションの産物…かも知れないとしたら、その恩恵を最大限に受けたのは、むしろ今日の菓子製造業者かも知れませんね!

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こうして考えてみるとバレンタインデーの起源が何なのかはよく分かりません。諸説あるようですが、中世ヨーロッパでは、ジェフリー・チョーサーを始めとする多くの詩人は、バレンタインデーを鳥に準えて「恋人達の日」として歌っています。すでにその頃には「バレンタインデー=恋愛の特別な日」というのが定着していたのでしょうね。2月14日は「自由な愛の日」に戻ったのです。

文明が起こり今日に至るまでの間に、愛や恋の物語や詩は数多く生まれてきたわけですが、かつて恋人達は自分達の愛が永遠でロマンチックなものであると信じ、それらの物語や詩に準えて来たのです。それは語り継ぐべき人類の歴史です!

ただし、それがフィクションであれノンフィクションであれ恋人達にはどうでも良い話なわけで、大事なのは二人だけの世界を描く事であり、チョコレートのように甘くてちょっぴりほろ苦い愛を二人だけの世界で感じ合う事なのでしょう!

いや~もう勝手にして下さいって感じですよね~!やれやれ…。

2月14日はバレンタインデー…

「こんなに沢山食べ切れない。」か…

一度で良いから言ってみて~な~!

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参考

◆「ヨーロッパの祝祭日の謎を解く」(創元社)
アンソニー・F・アヴェニ 著  勝貴子 訳

◆Wikipedia

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