♯006 バッファローの白い息

,

「良い夢を見させて下さい…」

彼女は頭蓋骨に語りかけます。

人が夢を見る時は魂が身体から離れて「スピリットの領域」を旅してまわると言います。そこでは様々なスピリットと出会い、新しい知識や知恵を学ぶ事が出来るのでした。

「夫に狩られる事でどんなに持て成されたか、皆に伝えて下さい…」

彼女は頭蓋骨に装飾を施します。

動物に敬意を払い粗末な扱いをしなければ「動物のスピリット」は喜び、たくさんの動物を放ってくれますが、反対にスピリットを怒らせてしまうと動物を放ちません。動物が姿を見せなければ人は餓えてしまうのです。

「良い夢をもたらして下さい、おじいさん…」

狩人は頭蓋骨を枕元の柱に結びつけます。

そして狩人は眠りに就くのです…

,

,

15世紀末、ヨーロッパの食指はついに「新大陸」を捉えます!1534年、ジャック・カルティエはガスペ半島に「フランス王万歳」と刻まれた十字架を建て、そこがフランス領土である事を宣言しました。その後フランスは、17世紀初頭にヌーベルフランスやアカディアといった植民地を創設します。一方イギリスは、ジェームズタウンを足掛かりに植民地を拡げていき、17世紀中頃にはハドソン湾及びその流域を押さえました。

そして1755年、北米での覇権を賭けて両雄は激突します!

戦いに負けたフランスは北米からの撤退を余儀無くされ、アカディア住民は追放、ヌーベルフランスはイギリス領ケベック植民地となり、フランス系住民はイギリスの支配下に置かれたのです。

北米での覇権を確立させたイギリスは、国力増強の為に植民地に対して税金を賦課します。これに抵抗した13植民地は1776年に独立を宣言してアメリカ合衆国を建国しますが、独立に反対したロイヤリスト達はケベック植民地やノバスコシア植民地に移住し、新たにニューブランズウィック植民地が創設されるなど、カナダ地域のイギリス系住民は増加します。また、ケベック植民地はフランス民法が布かれていた為にイギリス系住民は困惑し、遂にはイギリス系のアッパーカナダとフランス系のロワーカナダに分割しますが、それは1791年の事でした。

その後、1812年の英米戦争では侵攻してくるアメリカ軍を撃退するものの、超大国アメリカの脅威に晒された北米イギリス領では連邦化構想の気運が高まります!

そして1867年7月1日、アッパーカナダはオンタリオ州に、ロワーカナダはケベック州になり、さらにノバスコシア州、ニューブランズウィック州の計4州から成る自治領カナダ「ドミニオン・オブ・カナダ」が誕生しますが、そのコンフェデレーションは確かにカナダの原型となったのでした!

,

,

バンクーバー・オリンピックが開幕して今や大注目のカナダですが、それにしてもカナダと聞いて最初に思い浮かべたのはビッグ・ボンバーズのカナディアンマンだというのは私だけじゃないはずです!アン・シャーリーに憧れた女性もいるかも知れませんね!

ついつい強烈なインパクトを持った超大国であるお隣さんに目を向けてしまいがちですが、カナダにも当然の事ながら建国の歴史があり、そのアイデンティティは力強く脈打っているのです!

しかしながら、それがカナダ建国への過程であったとしても、歴史が「人間の営み」を言うのであるならば、カナダの歴史を語る上で先住民の存在を忘れる事など到底出来ません!

そもそもアメリカ大陸史においてまず確認しておかなければならない事は、アメリカ大陸は「発見」されたのではないという事であり、西洋中心史観では語り切れないという事です。そこは未開の地ではなく、数千年もの昔から人間の営みは脈々と受け継がれ、豊かな文化が育まれてきたのです!

ただし先住民にとっての悲劇は、異文化遭遇がもたらしたものが西洋人社会の長期的繁栄と先住民社会の壊滅的危機だったという事であり、彼等の伝統的な生活・信条・アイデンティティは西洋人が持ち込んだ鉄器・病原菌・アルコールによって悉く破壊されたという事なのです!

そしてヨーロッパからの移住者が増えていく事によって植民地が拡大されていく中で、先住民は土地を追われていく事になるのですが、それはカルティエが当たり前のように十字架を建てた事が全てを物語っているのかも知れません…

,

,

カルティエも接触したと思われるイロコイ族は6つの部族(カユガ、モホーク、オネイダ、オノンダガ、セネカ、タスカローラ)による連邦制度を布いていました。彼等の村落であるスタダコネ・オシュラガでは、長屋(ロングハウス)にて数家族が同居し、狩猟や三姉妹(トウモロコシ、カボチャ、豆)と呼ばれる作物を耕す農耕民でしたが、いざ戦いとなると勇猛な戦士でした。モホーク族の髪型はモヒカン刈りのルーツの一つです。

ヒューロン族モンタネ族は優秀な商人でした。彼等の交易慣習は西洋人来訪以前に遡りますが、毛皮交易において、彼等は西洋の物品をより安く仕入れる為に船が何艘も到着するまで商談を始めません!その上で安く仕入れた物品を内陸部の部族へ高く売りつける、もちろん内陸部の情報は西洋人には簡単には教えません!なるほど彼等はやり手です。

大陸北東部のオジブワ族は悪夢を追い払う魔除けとしてドリームキャッチャーを作り、ティピーウィグワムといった住居を構えます。メープルシロップも彼等の貴重な食材でした。大陸東部のミクマク族は独自の象形文字を持ちます。大陸西部のカウチン族の伝統的な幾何学模様は、後に西洋の編み物技術と融合して巷で流行のカウチンセーターを生みました。大陸北西部のトリンギット族ハイダ族など複数の部族の間では、トーテムポールと呼ばれる柱を立てて一族の歴史などを彫刻しており、現在カナダの世界遺産であるスカン・グアイにはハイダ族のトーテムポールが数多く残っています。ポトラッチと呼ばれる儀式も彼等の伝統において重要な位置を占めています。同じくカナダの世界遺産であるヘッド・スマッシュ・イン・バッファロー・ジャンプは、かつてブラックフット族が狩りのためバッファローを崖に追い込んで突き落としていた場所でした。

クリー族を始め、多くの部族の間では特別な存在でした。彼等の神話や伝承、成人への儀式やシャーマンの修行などでは、人食い怪物であったり慈愛に満ちた存在であったり、力や知恵の象徴であったりと様々な役回りで登場します。「恐れ」が「畏れ」に変わりうるならば、人間の脅威の代表は熊だったのかも知れません。母熊の子熊に対する献身的な愛情に、深い感動を覚えた事もあったのでしょう。冬眠を「生死を繰返す命の象徴」と捉えるのは世界的なインスピレーションです。同じように森や平原を歩き、魚を捕り、山菜や木の実を食べる…そんな熊に対して彼等は親しみと敬いと感謝の心を込めて言うのです。「良い夢をもたらして下さい、おじいさん…」

イヌイットとは、彼等の言葉で「人々」という意味になります。極北ツンドラ地帯に住む彼等はエスキモーと呼ばれますが、これはオジブワ族などのアルゴンキン語系の言葉で「生肉を食う輩」に由来するとされ、蔑視的な表現との事からカナダではイヌイットを公式な民族名称としており、彼等も自称しています。一方で「カンジキの網を編む」という言葉に由来するという説もあり、実はアラスカ先住民はエスキモーを自称しています。

メティとは、主に西洋人男性と先住民女性の間に生まれた混血の者で、語源はラテン語です。彼等は英語や仏語の他にミチフ語という混合言語を使用します。彼等もまた、不遇の歴史を歩んだ先住民でした。

ファーストネーションとは、イヌイット・メティ以外のカナダ先住民族の総称です。

,

,

現代社会において、貧困や自殺といった問題が先住民社会を取り巻いている事実を考えれば、先年に隣国で先住民が独立国家を宣言した気持ちも分からなくもありません。そこにはミクロネーションなどという言葉で片付けるわけにはいかない数千年の重みがあるのです!

しかし、今や「旧に復す」だけでは真の意味での自主独立は成し得ないはずです!

日本に生まれ、当たり前のように日本人でいる私には、彼等の悲痛な想いは到底理解出来ないのかも知れません。彼等の望みは至極純粋なものなのかも知れません。ですが、もはや一処に留まれるものなどないのです。

彼等が巨大な統一国家を成していたならば果たして歴史は?…と考えてみても詮無き事。ましてやアステカやインカの結末を思い起こせば、それが単なる愚想なのだと痛感させられます。

しかし、それが彼等の文化を否定する事には決して繋がりません!遥か昔にベーリング海峡を渡って「カナダ」に根を下ろして以来、彼等は産み、自然に学び、時に戦い、そして伝え続けてきたのです!それは語り継ぐべき人類の歴史です!

彼等の伝統的な言語やライフスタイルが薄れている事は否定出来ません!民族の特質による差別の排除と権利の認知を同時に行う事が実は難しいという事も重々承知です!しかし、異文化遭遇の先に未だ見ぬ「結末」を迎える事が出来るならば…

受け継がれるべきは「スピリット」です!彼等は生きているのですから!

,

,

どこよりも逸早く多文化主義を取り入れたカナダ…
数千年もの昔から脈々と続く先住民世界もカナダ…
十字架を建ててカルティエが宣言したのもカナダ…
イギリスがフランスに取って変わったのもカナダ…
イギリスと決別をしたドミニオン・オブ・カナダ…

社会的・政治的改革を求めて静かな革命を起こしたケベックもカナダ…
英仏系以外に多くの移民を抱えている人種のモザイクとしてのカナダ…
経済・文化の主体性を滅ぼすアメリカ資本・思想の脅威に抗うカナダ…

様々な背景の中でカナダのアイデンティティは力強く脈打っています!
はたして、カナダの多文化主義はナショナリズムを超えるでしょうか?

しかし、それはまた別のお話…

,

,

「真の知恵は、人々から遠く離れた大いなる孤独の中でのみ見出される。しかもそれは、苦しみを通してのみ得る事が出来る。孤独と苦しみこそ、眼に見えないものに対して心を開かせてくれるのだから。」
イグジュガルジュック(イヌイット)

「我々の言う事にさえ耳を貸さない彼らですから自然の声に耳を傾けるはずもないのです。けれども樹々は色々教えてくれます。天候や動物の事、そして時にはグレート・スピリットの事を。」
タタンガ・マニ(ストーニー族)

「理性ある存在としての尊厳もなく、生き長らえる事など意味がない。」
ルイ・リエル(メティ)

「私は自分自身や自分の生き方の主人として振舞う事が出来る。ところが、あなたは自分よりも高い地位にある人の持つ力に頼って生きている。どうだ!私の言っている事は間違っているか?」
コンディアロンク(ヒューロン族)

「人生とは、闇を照らす一瞬の蛍の光、冬の寒さに浮かぶバッファローの白い息、草原を横切り夕日の中に消えていく小さな影。」
クロウフット(ブラックフット族)

,

,

参考

◆「はじめて出会うカナダ」(有斐閣)
日本カナダ学会 編

◆「カナダのナショナリズム ―先住民・ケベックを中心に― 」(三交社)
ラムゼイ・クック 著  小浪充、矢頭典枝 訳

◆「クマとアメリカ・インディアンの暮らし」(どうぶつ社)
デイヴィッド・ロックウェル 著  小林正佳 訳

◆「風のささやきを聴け」(めるくまーる)
チーワ・ジェームズ 編  ハーディング・洋子 訳

◆「インディアンの言葉」(紀伊國屋書店)
ミッシェル・ピクマル 編  中沢新一 訳

◆「極北の民 カナダ・イヌイット」(弘文堂)
岸上伸啓 著

◆Wikipedia

その他・全般ランキング
にほんブログ村 歴史ブログ 歴史ファンへ
にほんブログ村

Sponsered Link

古代人のあくび
History of humanity to be handed down

Twitter で
カテゴリー: アメリカ大陸史 タグ: , , , , パーマリンク